2011年11月13日 (日)

復旧を遅らせた政治空白

震災から8ヶ月が過ぎて被災地の復旧に欠かせない仮設住宅も完成し入居もほぼ終えたらしい。3月の寒い冬に被災して避難所生活は本当に辛いものだったろうと思う。それが酷暑の夏も過ぎもう冬を迎えようとしている時期にまだ暖房などの設備が整っていない仮設住宅もあると聞いた。宮城県のどこかの仮設住宅らしいが福島県相馬市の被災した知人の話によるとつい最近電気カーペットと赤外線ヒーターが支給されたといっていたのを思い出した。畳を入れて欲しいと要望したらしいが床に電気カーペットを敷けということらしい。外気とじかに接する仮設の床を伝わってくる寒さをしのげるものだろうかと疑問に思った。被災者への越冬対策もその実態はばらばらで対応の早いところ遅いところさらには手厚いところやそうではないところなどさまざまなようだ。自治体が異なると対応が違うことはある程度理解できるが被災したかたがたへの支援は手厚く迅速にして欲しいものだと願ってやまない。

今こうしたことを思いながら思い起こすと突然の災害に見舞われて肉親や知人を失い住まいも職場も失った方々に対して無償の援助が寄せられた報道をたくさん見聞きした。しかし国や都道府県の対応となると被災者支援の届かない地域があったりまた支援があっても遅れたりする現実がある。相馬の知人によると被災した当時避難所には行かず自力で難を逃れた店舗にとどまり生活したらしいが避難所にいる被災者のような支援物資は届かなかったといっていた。それでやむなく避難所と店舗の二重生活をすることにしたらしい。今は仮設に入居でき親子二人暮らしをしているけれど当事ペットがいたため避難所行きをあきらめたということだったらしいが家族同様に生活していたペットを連れて避難所へは行けなかったのは大勢の被災者に迷惑かけられないという思いがあってのことだろう。ない物ねだりではないだろうに被災した方々の悲しみや苦しみに添えない今の行政の縮図を見た気がした。被災した治自体の能力もマンパワーが不足では対応し切れないことだろうしさまざまな個人的なことまで力及ばないのが実態である。ましてや県や国となると被災した人たちから情報伝達が疎になり復旧支援の具体的な対応は雑になるものだ。遠いどこかの地のことのようにその事実が見えなくなる。だからこそ被災した自治体への復旧支援は被災した方々と直接ひざ詰めで話をよく聞きその心に沿わなくてはいけないのである。そのことが彼らの希望となり自力復旧への大きな意思形成につながるのだと思うがこうした観点が弱かったことは残念なことである。思い起こせば被災後復旧に多くの人たちが心を砕いていたころに日本の政治家たちは何をしていたか。復旧への政策を予算化して一日も早くその支援をするというのではなかった。政局に明け暮れていた。民主党政権は大きな過ちを犯した。政権をとっても党内抗争ばかりしていて立法化が進まない政治的空白を作ってまでも菅下ろしに明け暮れていた事実は大いに反省してもらわないと困る。今回のTPP問題もそうだ。党を二分して大激論した挙句結論が出ない。いったいこの政党は誰のために政治をしているのか。支援者や利権の絡む業界や団体を擁護するためなのではないのか。それはいつに自分の議員身分を守るための私利私欲と見えてしょうがない。TPP反対を言う議員の一部には自分たちの主張が実現しなければ党を割ってでもその主張を貫くとまで嘯いて見せた元大臣もいた。本当に国家国民を思うなら党を割って主張し続ければよい。これからの彼らの政治行動を注視していきたい。ようやく3次補正予算が衆議院を通過し参議院で審議され今月中には予算執行できるぎりぎりのタイミングかもそれないが復旧の遅れの陰で泣く国民が出ないよう願うものである。

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2010年12月29日 (水)

混迷は続くのだろう

今年の政界は政権交代後混迷し続け民主党政権の存続が危ういところまで来た観があり経済界は円高に振り回され日本経済の自立的な回復は絶望的な観さえする一年となってしまった。この年を振り返って非常に衝撃的なことは大阪地検特捜部の主任検事がデータを改ざんして証拠隠滅容疑で逮捕されたうえ上司の前特捜部長らも逮捕。検察への信頼が地に落ちたことだった。この件と匹敵するほどの重大事件は尖閣諸島周辺での中国漁船と巡視艇の衝突を巡る政府の対応と衝突映像流出事件だったろうと思う。さらには所在不明の老人が次々と発覚し「無縁社会」の実態が明らかになったことも衝撃だった。このように政治・経済・行政にわたって組織が腐敗して社会規範がどんどん壊れて行く姿は見るに堪えられない。いったいこの国はどこに行くのか混迷を続ける「ニッポン社会」は崩れる一方なのだろうか。

政治的迷走の根源が民主党の挙党態勢の名の下に古い政治家が国家を運営するという点にあることが明らかになった。この政党自体が旧自民党的体質のグループと旧社会党そして旧民主党の政治家集団と元々の民主党等の勢力が「挙党態勢」というバランスの上に成り立つのだから政策に一貫性がなくマニフェストに盛られた政権の政策はそうした背景から来る矛盾をはらむ物であることは間違いのないことだろう。確かに一見実現できたらすばらしいと思える公約ばかりだが総花的でお題目的政策項目だと言わざるをえない。やはり今日のような混迷の時代にはあれもこれもと欲張るのではなく解決しなければならない優先課題を示し各年度重点政策一点掲げ突っ走るというような重点指向の政治運営でなければ成しえないと思われるのだがどうだろうか。各年度ごと政策課題をクリアして信を問うということが望ましいと考えるにだが選挙ばかりしていられないのも事実。でも変革・改革のコストと考えれば急がば回れも一つの選択肢だろうと思う。

その点から言えば政権交代後初めて訪れた6月の政治的危に機鳩山内閣辞任だけですますのではなく時の総理と幹事長が責任を取って辞任したのだからこのときこそ「政治と金」の問題できれいな政治を目指し衆議院選挙に打って出るべきだったろう。確かに民主党にとっては敗北が予想されただろうが一方金権体質のご両人は世間の批判を浴び当選していなかったかも知れない。特に鳩山氏は辞任に際し自己の責任を取る意味で次の選挙には立候補しないとまで発言していた。小沢氏だって再当選すれば地元岩手4区の民意と日本国民との民意がかけ離れていることで批判を浴びただろう。しかし民主党は予想される敗北をきらい民主党政権の延命をとり管内閣で乗り切ろうと衆参同時選挙は実現しなかった。問題を先送りしたのだから地雷を残したままでの政権は持つわけがないが権力の座を失いたくなかったのもあるかも知れない。しかし何れ決着をつけなければ国民はもう政権交代した望みを今の政権には託さないという意志になって行くかもしれない。この傾向は世論調査によって明らかで内閣支持率はもとより政党支持率が落ちていることが実証していると思うが内向きの論理で物事を見る限り見えないしそう思いたくないものだ。口には国民を言いながら実体は国民不在なのもかっての自民党政権当時と全く同じだ。今でも小鳩が党内の一定勢力をもちこれからの政権に影響を与え続けて行く不幸は単に政権政党にとっての不幸ではなく国民にとっても不幸なことだと言える。これからするべきことは新生民主党を作り直すことではないのか。来年の政権運営を見続けるしかないのだが小さな政党になり政策合意による連立の道しかないとさえ思ってしまう。

政治の混迷と共に不信を増長させたのが検察捜査手法の誤りである。司法の一翼を担う検察がこれほど腐敗していたら我々国民は何を信じて正義を保てるのだろうか。証拠を無視し犯罪を作るなどとは言語道断というか表現する言葉もない。現在の裁判制度が緩やかにではあるが改革されようとしている一方で検察官により恣意的に裁かれなければならない不幸は絶対あってはならないことで国民の人権が守られないことは民主主義の根幹が危ういということでこのような不幸を国民が負わせられないような仕組みが必要だろう。これからの法務行政もしっかりと見て行かなければならないが情報開示が正しく行われない限り国民批判の目にさらされずに改革の機会を失うだけである。その意味では行政の腐敗を質すための監査機関を持つことも望まないといけないのかも知れない。何れにしても政官業の癒着はもとより政治の腐敗そして行政の怠慢はそれを改革する政治的な決着で可能だろうがこうしたことを掲げる政党が見あたらない。既成政党は党利党略を離れ腐敗する政治や行政の改革を標榜し連立でも良いから救国内閣を作り何とかこの漂流する「ニッポン丸」の舵取りをして欲しいと願う。

反面小惑星探査機「はやぶさ」が6月に予定から3年遅れの帰還で約60億キロの長旅を7年ぶりに地球に帰還してイトカワの微粒子が回収されたニュースには感動した。またノーベル化学賞を二人の日本人が受賞したニュースは日本人の誇りを高めた。日本は科学立国で高度の技術産業こそ未来への希望なのに事業仕分けでコンピュータ開発予算にけちをつけた方がその無知ぶりを批判されたが大臣になって政治姿勢が批判されている。そのうえ政策運営の失敗責任を問責決議され居座り続ける官房長官や大臣がいてあまりにも党利党略的で内閣延命だと批判されてもなかなか認めようとしない。この体質はまさしく国民が嫌う旧自民党的体質だ。政権交代は誤りだったのだろうか?過度な期待をした国民が悪かったのか。あたかたの夢のように消え去る日も近いのだろうか。だとすれば混迷はまだまだ続くと見て辛抱するしかあるまい。国民の希望が満たされず最大不幸の政治が続くのは我慢ならないのだが早々に民意を示す機会が欲しいものだ。

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2010年11月16日 (火)

オアでもアンドでもなく

国家公務員の守秘義務違反については1977年12月19日の最高裁判例によれば「情報が公になっていない」ことと「実質的な秘密として保護すべきもの」を漏らしたときにその違法性が問われると言われている。いま海保職員が業務上撮影したビデオを独断でユーチューブ上に公開してしまったことについて海保が告発し警視庁と検察が捜査に乗り出しその成り行きが注目さていたが逮捕せずに任意捜査を続けることになったようである。

そもそもこの情報漏洩事件は政府が非公開として国民に知らせる義務を果たさなかったことに対する海保職員個人の正義感が職務規律違反で罰せられることを覚悟して行ったようにもみえる。この事件は中国漁船が海上保安庁船に故意に衝突した為公務執行妨害で実力行使し中国漁船の船長を逮捕したものだ。身柄を拘束し那覇地検が拘留延期をして捜査中に突然釈放してしまったが日中関係を考慮しての釈放だと地検が説明した。これに対して政府はその判断を了としたと言うのみで政府は船長を釈放してしまったことについて国民に何の説明もないままに推移し10月19日になって国土交通大臣が情報の取り扱いを厳しくするよう指示するという経緯を経ている。その間海保が撮影し裁判の証拠として検察に渡した映像の原本は厳重に管理に管理しているという説明だった。しかしながらその実態は海保内では公開されていたようでその意味では「情報が公になっていない」には該当しない情報だったと言わざるを得ない。そしてその後も政府はビデオの公開は裁判上の資料でもあることから公開するべきではないとの見解をとっていた。当時仙石官房長官を始め内閣非公開を決め込んでいたがどうやらそもそもは中国政府筋による非公開要請に配慮したものらしい。対中国対応に対しては穏便に済ませ政治問題化したくないという意志が働いたのであろうことは容易に想像できる。

そうした経緯の中現場での状況を目にした本人は政府の対応のまずさに憤りを感じ自らを犠牲にしても事実を国民に知らせないと政府はもっと大きな過ちを犯すと考えたのだろう。国境の最前線で任務を全うしてきた正義感の強い人物なのかも知れない。思いは募り独断で情報を国民の目にさらすに格好媒体であるユーチューブを選択した。元々海保はその活動を広くPRするためにユーチューブを広告媒体として活用していたと言うからただ単に思いつきでユーチューブを選んだのではないはずだ。政府が機密としていた情報が表沙汰となり情報漏洩の張本人が自首するに至っても仙石官房長官は声高に守秘義務違反と言ってはばからなかった。しかしながら多くの国民は素朴な疑問を抱いた。そもそもは「告発して刑事事件にするほどの重要な機密だったのか?」という点である。アンドそもそも「公にされない情報と断じて良いもの」なのか?大変疑問に思うということだ。今になればどちらもノーである。

オアでもアンドでもない。単に職務上知り得たことを独断で公にしたということである種の内部告発的な意味合いが強いと考えるのが妥当ではないだろうか。

とはいえ一方では内部告発といって情報が漏れては組織の規律が保てないという考えもある。その通りだと思う。だから内部規律をしっかり守る上での内部統制システムが必要なのであって国家公務員法第100条のみで規律を維持しようとしても無理があるのは当然である。地方公務員においてもしかりである。それぞれの組織内に内部統制システムをつくり組織の規範維持を行わなければ時々の政府による恣意的な判断により国民の基本的人権が侵されるという愚かなことになりかねない。今回の政府がとった行為はまさしくそうした危惧をはらんでいた。捜査に当たった警視庁も検察も情報収集を重ね慎重に思慮した結果政治の判断をはねつけたようにも見える。公務員といえども国民である。国民の基本的人権が守られる社会であるのは当然で政治介入により不当な扱いを受けたり捜査の過程で不当に人権が侵されてはいけないのである。仙石官房長官は弁護士出身であるが故に立場上厳しくその点が問われるべきで一連の発言や行為はその意味からして不適切だった。もっと言えば丁寧に説明をして国民の批判を受けるべきだったのにも関わらず隠蔽してきたことを重く受け止めこの事件が終焉するまでに自ら辞任するべきだろう。そのくらい今回の騒動の責任は重いのである。

さて内部牽制システムの問題であるが情報漏洩防止の基本中の基本である公用パソコンを含めて記録媒体を持ち歩くことが出来なくする仕組みを入れることが肝要であり勿論私的記録媒体を持ち込むことも当然である。こうしたことは情報取り扱いのイロハでありそれが出来ていない実態であるにもかかわらず実行行為はけしからんといきなり国家公務員法でばっさりと罰してしまうにはあまりにも乱暴すぎる。こうした牽制の仕組みが出来ていない現在の国および地方行政組織の情報管理の実態はあまりにもお粗末すぎて論評にも値しない。こうした類似の事柄はあまりにも多すぎると言うのが実態で一人民主党政権のせいではなく過去の政権を含めて法整備に怠って来た政治家の責任は重い。

さらにもう一度繰り返して言う基本的人権を無視する政治家はいらない。さっさとおやめなさい。国益を害するだけだ。

追記

今これをアップしようとした矢先新たなニュースが入ってきた。読売新聞YOMIURI ONLINE 09:08 組織の統制取れれなくなる・・・海保「見送り」に驚き。読んでみて今更ながら旧態依然とした霞ヶ関の海保幹部の認識は一般国民の認識とかなりの開きがあることも事実でこのような現場に遠い幹部はこの際認識を改めるよう猛反省を促したい。ニュースはhttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101116-OYT1T00187.htm?from=main1を参照。

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