促されても買い控える気持ちの裏には
堅実という言葉が適当かわからないが必要のないものは買わないという消費行動は堅実という前のごく当たり前の消費意識だ。生活防衛のためには必要なものさえ先送りし買わない。倹約という方があたっている現在の消費心理だ。また欲しくても買えないということもある。これだけ多方面に亘って経済活動が落ち込み家計が減収となり雇用打ち切りに逢うなどとなれば節約の意識が働く。政府は景気刺激策としてエコポイントをつけて家電製品などの購入を促す政策を行ったが一体どれだけの効果があるのだろう。確かに一部業界で目先ある程度の増収効果はあるだろうが消費循環となるほど期待できるだろうか。
現代社会においては車を持つことによって様々な利便性を手にすることができる。同じくエアコンにしても自動洗濯機にしてもそうだ。こうした耐久消費財はある程度普及してしまった今日は新規需要よりも代替え需要が主であることは誰もが知るところである。我が家でも生活必需品は一通り揃い今すぐに購入したいものはない。欲しいものはあるけれど年金生活では不要不急のものには手を出さないしましてやここにきてエコと言われても資産を取り崩してまで車を買い換えることなどはない。少子高齢化が進み新規需要が減少し景気低迷による派遣切りに象徴される雇用不安の中では代替え需要も収縮して行く。消費者ニーズに応える商品が少ないこともあるが雇用や年金福祉そして医療などの将来に不安があるいま余計な支出は避けようという消費者の意識が強く働くのは当然のこと。だから社会福祉に政治の光を当てず目先の刺激策だけでは消費者の購買意欲が衰えたままでとうてい持続的な経済回復への循環を作り出すほどの力とはなり得ないだろう。本格的な景気回復は難しく短期的なそれも若干の景気浮揚効果しか期待できないと思われるのも当然なのではないか。
また高速道路通行料の割引にしても化石燃料を大量に消費することも事実だし高速道路のサービスエリアに落ちるお金で各道路会社系列の子会社が潤うというのもまた事実だ。割り引いた通行料金は国が補填し実害がない上に各道路会社傘下の企業が儲かるという構図は国土交通省の思惑どおりで景気浮揚でも何でもないまやかしの産物なのだと見えるが。このような消費刺激策で低迷する今の経済が回復基調に上向くなど期待できるものではなく皮肉にも低炭素社会実現は遠のくばかりだ。そればかりか既得権益に群がる一部の業者が行政と癒着し税金を私物化する構図が維持されたまま広く一般国民が利益を享受できないことの矛盾を感じてならない。本当の消費拡大政策は福祉政策に思い切った予算をつけ歪み痛んだ各種制度を修復してこそ若い世代も就労する現役世代もそして老齢世代も安心して消費をするようになるのではないだろうか。将来に不安があっては消費マインドが縮むばかりであり今回の刺激策での効果は線香花火のようなものでその効果は限定的だろう。
5月26日に厚生労働省が公的年金の受給に関する試算を社会保障審議会に提示した。この試算によると現在65歳のモデル世帯が受け散る年金は現役世代の62.3㌫にあたる22万3千円(基礎年金含む)なのに現在35歳のモデル世帯では65歳時点で50.1㌫(現在の貨幣価値で26万7千円)に下がるという。また収めた保険料の何倍の年金を受け取れるかという試算では1940年生まれ(70歳)は6.5倍に対して1985年生まれ(25歳)では2.3倍しか受け取れないという。2.8倍も格差が生じるという。
50㌫受給は政府の公約だが試算に使われる出生率や賃金上昇率それに肝心の年金運用利回りの数値が妥当性に欠ける数値で資産の50.1㌫も不確かな数値だ。変動値であるこれらの数値が甘いのである。年金運用利回り4,1㌫などは論外である。何処の金融機関でもそんな運用利回りは出せない。国は何処で運用するつもりなのか絵に描いた餅では腹一杯にならない。あくまでも公約50㌫にするために数値をいじって作られた試算で鉛筆をなめながら作ったと言うことだ。
一時期保険料未納問題が問題になって未納3兄弟などと批判された政治家もいた。あれは制度を熟知していないために起こった未納で制度上の問題や社保庁の運用に問題があったので社会問題化した。しかし依然として年金保険料の未納は改善されていなくて未納率が増えていることも報道されているとおりだ。
一方財政制度審議会(財務相の諮問機関)は6月初旬にまとめる2010年度予算編成に向けた建議(意見書)の原案には社会保障費の伸びを毎年2200億円ずつ抑制する方針「歳出改革の基本的方向性は維持する」として抑制を求めているという報道が目についた。
人間の心理としていかに政府が音頭取り旗を振って景気刺激策をとっても社会保障費が減少し満足な老後が得られないと思ったとき将来の生活を維持するために現在の収入の中で将来に備えざるを得ないのだからできる限り今必要なものにしか支出しないという意志が働くのが当然のこと。年金制度ができて5年ごとの見直しを幾度も重ねある時などは国民年金崩壊を避けるために厚生年金と抱き合わせることでつじつまを合わせたがそれ以来年金の支給額の減額や支給年齢の繰り上げなどでごまかしてきた。不思議なことに共済年金だけは手つかずである。彼らの年金を現在の制度に統合しては公務員の年金支給額が目減りすることがわかっているから避けたと言う他はない。そして今になって年金資産が底をつく日がやってくると年金制度の維持が難しくなるという。これでは将来に不安を抱くのも無理はない。100年安心プランなどといって前回の5年ごとの見直しで胸を張ったがそれも怪しい。国のセールストークだったようだ。国民は官僚の作文を鵜呑みに主張する政治家に騙され続けてきた。国民年金保険料の未払は国家行政に疑念を抱き相互扶助制度維持よりも己の損得を考えて不払いをしてしまう人たちが多いに違いない。厚生年金にしても現役サラリーマン世帯は疑問と不信を抱きながら保険料を払い続けているだろう。彼らに安心して働いてもらうためにも雇用不安の解消や保険給付率の維持は不可欠だ。また年金受給者の高齢者に対しても医療の不安や介護の不安を解消しない限り安心して消費にお金は回さないだろうから現行制度の見直しも不可欠である。肝心の財源については多くの国民は国家予算の使途配分を変えない限りこうした問題の根本解決はあり得なさそうだと思っている。与党には期待できないから野党に期待が向くのも当然のことなのだが政権を変えるエネルギー働くだろうかと思う部分もないことはない。長期間支配してきた自民党政権は紆余曲折あったが強かに生き残ってきた。そしていま目先の景気浮揚策で景気回復にと4度も補正を組んだ。その中には生活や雇用を支援する財源も組み込んだと言うがどさくさに紛れ盛られなくても良い何故こんな予算までいるのかと首をかしげるものも混在していて皆は批判してばらまきだという。与党が自党有利に選挙目当ての対策ではないのかと言われても否定できないものがある。野党は政権交代を執拗に訴えチェンジというけれどもインパクトがない。政権交代して現在問題として指摘されている数々の制度疲労をどう変えるのかグランドデザインが見えない。与党も同じだ。これからどういう国家にして行こうとするのかグランドデザインを示さず対処療法的な方法だけでは綻んだツギにツギをするようなものでモグラ叩きにもならない。
数ヶ月後には衆議院議員選挙が行われる。この際与野党共にしっかりとした将来のビジョンすなわちグランドデザインを示して国民に示して欲しいものだ。それなくして選挙しては国民を蔑ろにするものの何ものではないと言いたい。議員が自らの使命を全うせずに自己の保身にうつつを抜かす政治屋はもういらないと言うことだ。それができなくて従来の延長線上で選挙が行われれば日本の政治改革は更に4年遅れることになる。その間に参議院議員選挙が行われても捩れは解消されないまま混迷が続いてしまうのだ。既成政党に任せられないと自民党でもなく民主党でもなく国民党的な政党の出現でもあれば別だが望むべくもない現状にどう考えて選挙行動しようかと迷うばかりである。選挙難民にはなりたくないのだが果たして期待願望に応えてくれるか疑問である。
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